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大阪地方裁判所 昭和38年(保モ)2620号 判決 1964年4月04日

申立人(被申請人) 株式会社産業経済新聞社 外一名

被申立人(申請人) 野元昇外二名

主文

本件申立はいずれもこれを却下する。

申立費用中、事件併合前の、申立人株式会社大阪新聞社と被申立人庄野肇との間の申立費用は、同申立人の、事件併合前の申立人株式会社産業経済新聞社同株式会社大阪新聞社と被申立人野元昇同三山進との間の申立費用は同申立人らの、事件併合後の申立費用は申立人らの、負担とする。

事実

申立代理人は「被申立人らを申請人、申立人らを被申請人とする大阪地方裁判所昭和三六年(ヨ)第二五四八号仮処分申請事件について、同裁判所が昭和三八年五月一七日になした仮処分判決はこれを取消す。」との判決を求め被申立代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

申立代理人の主張。

「一 被申立人らは申立人らを相手方として別紙一の主文の仮処分判決をえた。

二 前記仮処分申請事件につき、申立人らは被申立人らに対し、本案の起訴命令を申請し、送達の日から一四日の期間内に本案提訴を命ずる起訴命令は、被申立人庄野に対しては昭和三八年八月九日、同野元・三山に対しては同月一二日各送達せられた。

三 しかして被申立人ら三名は、昭和三八年八月二四日大阪地方裁判所に昭和三八年(ワ)第三四七九号雇用関係存在確認等請求訴訟事件を提起した。右本案訴訟における被申立人らの請求の趣旨は別紙二のとおりである。

四 しかし、右本案提訴は、いずれの被申立人にとつても、前記起訴命令にもとづいて所定期間内に本案訴訟を提起したとの評価をうけられないものである。すなわち

イ、被申立人庄野については起訴命令で定められた送達の日より一四日以内という起訴期間を徒過したことは明白であり、右期間は猶予的性格をもたないものであるから、徒過したとの一事により、さきになされた仮処分判決は、取消さるべきものである。

ロ、被申立人野元・三山は所定期間内に本案訴訟を提起したが(なお被申立人庄野については仮りに右イの法律的主張が認められないとしても)、被申立人らの前記本案訴訟における訴訟物と仮処分の被保全権利との間には同一性がないので、起訴命令にもとづく本案訴訟の提起は所定期間内になされないことになる。つまり、仮処分申請事件において、被申立人らが主張した被保全権利は、被申立人庄野につき、申立人株式会社大阪新聞社本社販売局販売推進本部を就業の場所とする雇用関係、同三山につき同申立人本社編集局連絡部無線課を就業の場所とする雇用関係、同野元につき、申立人株式会社産業経済新聞社大阪本社編集局連絡部電信課を就業の場所とする雇用関係および各それに附随する賃金債権であるのに対し(被申立人らに対し申立人よりいずれも二回の異動命令が発せられたのであるが、第一次異動による職場を対象)被申立人らの本案訴訟における主位的請求は、被申立人庄野・三山につき、申立人株式会社大阪新聞社本社印刷局を、被申立人野元につき、申立人株式会社産業経済新聞社大阪本社印刷局を、各就業の場所とする雇用関係および各それに附随する賃金債権であつて(前記第一次異動によつて変更される前の職場を対象)、右本案訴訟における訴訟物たる権利ないし法律関係は、本件仮処分によつて形成された第一次異動後の権利ないし法律関係とは併存しえず、後者の存在を否定してはじめて肯認できるものであるから両者間に同一性を認めえない。

五 その後被申立人らは、さきに提起した本案訴訟において訴の追加的予備的変更をなし、その趣旨は別紙三のとおりである。右変更された請求は仮処分の被保全権利と同一であるが、就業の場所・部署・業務内容は雇用契約の本質的内容をなすものであつて、これらが異れば全く別個の雇用関係といわざるをえず、被申立人らの本案における主位的請求と予備的請求との間には請求の基礎の同一性が認められず、前記訴の変更は許されないものである。したがつて仮処分の被保全権利にそう予備的請求という本案の提起はないのにひとしい。

六 仮処分の被保全権利と本案の訴訟物との間には、請求の基礎の同一性が認められるだけではたりず、同一のものたることを要する。また仮処分の被保全権利を本案訴訟で予備的請求とするだけでは本案提起があつたとはいえない。

よつて民訴七四六条七五六条にもとづき仮処分判決の取消を求める。」

被申立代理人の主張。

「申立人ら主張のうち、事実に関する点はすべて争わないが法律的主張は首肯し難い。すなわち、

1  本案訴訟の提起が起訴命令で定められた期間を徒過したとの一事をもつて仮処分裁判は取消さるべきではない。

2  被申立人らが仮処分において保全し、本案訴訟において請求しているところは被申立人らと申立人らとの間に締結せられた雇用契約にもとづいて成立した雇用関係上の権利であつて、就業の場所はそれぞれの雇用関係のもとにおける具体的労働条件にすぎない。

したがつて、第一次異動後の職場を就業の場所とする雇用関係と第一次異動前の職場を就業の場所とする雇用関係とを全く別異な契約関係と解すべきではない。

よつて被申立人らの提起した本訴は本件仮処分の本案訴訟としての適格性を有するものである。」

疎明<省略>

理由

事実関係はすべて当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証(仮処分判決正本)によると、被申立人らが、本件仮処分において主張し、かつ裁判所が認定した被保全権利は、申立人らを使用者、被申立人らを労務者とする両者間の雇傭契約関係及び、これに基く被申立人らの賃金請求権であつて、「被申立人庄野につき、申立人株式会社大阪新聞社本社販売局販売推進本部に、被申立人三山につき、同申立人本社編集局連絡部無線課に、被申立人野元につき、申立人株式会社産業経済新聞社大阪本社編集局連絡部電信課に、各勤務する」という点は右雇傭契約関係を特定し意味づけるための、被申立人らの具体的給付義務を示しているものというべきである。即ち、右にいう「……に、勤務する」というのは、労務提供の場所を示すと共に、雇傭契約の要素の一である労務の内容をも同時に示しているものと解しうるからである。

思うに、具体的給付義務は、雇傭契約のもつ継続性、労務内容の多様性より当然改変を予定されたものであつて、これらの要素が変更されるごとに従前の雇傭契約関係が消滅し、新たなる別個の同契約関係が発生するものではなく、雇傭関係という基本的な法律関係は同一性を維持して変らない。しかし、賃金、労務の内容、といつた雇傭契約の要素が改訂されるに従い、具体的な給付義務は変更され、この具体的給付義務によつて意味づけられ、特定されるところの、具体的な法律関係としての雇傭契約関係は改変される。そして、仮処分における被保全権利や本案訴訟における訴訟物としては、申請人、原告、において、紛争の実情に応じて、右の(イ)基本的な法律関係としての雇傭関係(ロ)具体的な法律関係としての雇傭関係、の何れをも選択することができるし、また、(ハ)個々の具体的給付義務ないしこれに対応する給付請求権だけを取出して、被保全権利ないし訴訟物とすることもできる。かかる見地から見ると、本件仮処分は右の(ロ)(ハ)を被保全権利とするものであるといえる。

ところで、被申立人らが、申立人らを相手として本案訴訟を提起し、その主位的請求の趣旨として別紙二の裁判を求めていることは争いがなく、その後、訴の追加的予備的変更をなしその趣旨として別紙三の裁判を求めていることも被申立人らにおいて明らかに争わないところであり、右事実に、成立に争いない乙第一、二号証の記載をあわせて考えると、右本案訴訟において被申立人らが主張している訴訟物は主位的請求、予備的請求を通じて、前記(ロ)(ハ)であることに変りはない。

ただ、前記(ロ)の具体的な法律関係としての雇傭関係はこれを意味づけ特定する具体的給付義務が変更されるに従つて、改変され、その結果、被保全権利ないし訴訟物としては、別個のものとして把えるべきであるから、同じ(ロ)の具体的な法律関係としての雇傭関係といつても、本件仮処分における被保全権利と本案訴訟における主位的請求の訴訟物とは、同一とはいえない。((ハ)については、両者全く同一であり、(ロ)についても予備的請求と仮処分とでは異らないことは、明らかであるから、問題は、主位的請求の訴訟物としての(ロ)だけである。)すなわち、仮処分における被保全権利としての(ロ)を、意味づけ、特定している被申立人らの具体的給付義務は、前に認定したとおりのものであり(これは、第一次異動後のものである)、主位的請求の訴訟物としての(ロ)を、意味づけ、特定している被申立人らの具体的給付義務は、第一次異動前のもの、即ち、被申立人庄野、同三山のそれは、申立人株式会社大阪新聞本社印刷局を就業の場所とする(印刷局を就業の場所とするというのは、労務提供の場所を示すと共に、雇傭契約の要素の一である労務の内容をも同時に示しているものと解しうる)給付義務であり、被申立人野元のそれは、申立人株式会社産業経済新聞社大阪本社印刷局を就業の場所とする(その意味は、前同)給付義務であることは、前出乙第一号証に徴し明らかであるから、両者の具体的給付義務は異なるといわなければならないからである。このように被保全権利と主位的請求の訴訟物とは同一ではないが、一方、このように具体的な雇傭関係は異なつても、その基礎ないし前提にあるところの(イ)基本的な法律関係としての雇傭関係は、全く同一性を維持して変らないことは、すでに見たとおりであるから、本件仮処分における請求と本案の主位的請求とは、請求の基礎の同一性を失つていないといえる。してみると、この主位的請求は起訴命令に応ずる本案訴訟と認めて妨げない。(最高裁判所昭和二六年一〇月一八日判決、民集五巻十一号六〇〇頁参照)。

そして被申立人らが本案訴訟を提起したのは昭和三八年八月二四日であつて、被申立人庄野については起訴命令所定期間内である同月二三日までに本案訴訟を提起しなかつたことは争いがないが、当裁判所は起訴命令にもとづく本案訴訟が、民訴七四六条七五六条による保全処分取消訴訟の第二審口頭弁論終結時までになされれば本案の訴提起の効果を認めるのを正当と考える。(最高三小判決昭和二三年六月一五日最高民集二巻七号一四八頁)。

よつて民訴七四六条七五六条にもとづき仮処分の取消を求める申立人らの申立はいずれも理由がないのでこれを却下することとし、申立費用の負担につき民訴八九条・九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二 荻田健治郎 今枝孟)

〔別紙一〕

(一) 被申請人株式会社産業経済新聞社は、申請人野元昇を同被申請人大阪本社編集局連絡部電信課に勤務する従業員として取扱い、かつ、同申請人に対し金二三、二〇〇円及び昭和三六年一一月二五日以降一カ月金二三、二〇〇円の割合による金員を、毎月二五日限り支払え。

(二) 被申請人株式会社大阪新聞社は、申請人庄野肇を同被申請人本社販売局販売推進本部に、申請人三山進を同被申請人本社編集局連絡部無線課に各勤務する従業員として取扱い、かつ、申請人庄野肇に対し金二一、一三七円及び昭和三六年一一月二五日以降一カ月金二一、一三七円、申請人三山進に対し金二八、六〇〇円及び昭和三六年一一月二五日以降一カ月金二八、六〇〇円の各割合による金員を、毎月二五日限り支払え。

(三) 訴訟費用は、被申請人らの負担とする。

〔別紙二〕

一、原告野元昇と被告株式会社産業経済新聞社との間に、同被告を使用者とし、同被告大阪本社印刷局を就業場所とする雇用関係が存在することを確認する。

被告株式会社産業経済新聞社は原告野元昇に対し金五五万〇八八〇円及び昭和三八年八月一日以降原職復帰に至るまで一カ月金二万五〇四〇円の割合による金員を毎月二五日限り支払え。

二、原告庄野肇及び同三山進と被告株式会社大阪新聞社との間にそれぞれ同被告を使用者とし同被告本社印刷局を就業の場所とする雇用関係が存在することを確認する。

被告株式会社大阪新聞社は原告庄野肇に対し金四六万五〇一四円及び昭和三八年八月一日以降職場復帰に至るまで一カ月金二万一一三七円の割合による金員を毎月二五日限り支払い、原告三山進に対し金六八万六三一二円及び昭和三八年八月一日以降職場復帰に至るまで一カ月金三万一一九六円の割合による金員を毎月二五日限り支払え。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

〔別紙三〕

訴状請求ノ趣旨記載の各原告等の請求のうち、次に掲げる部分的変更を加えてこれを予備的に請求する。

1 訴状請求の趣旨第一項中「同被告大阪本社印刷局」とあるを「同被告大阪本社編集局連絡部電信課」とする。

2 訴状請求の趣旨第二項中「同被告本社印刷局」とあるを「原告庄野肇については同被告本社販売局販売推進本部、原告三山進については同被告本社編集局連絡部無線課」とする。

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